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あれから1週間

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 7月14日(土)06時52分5秒
  マンドリンのK林さんや、O俣さんから、お見舞いの電話やメールをいただいて、ありがとうございました。私たちは元気です。

長い1週間だった。
自分の住む場所は幸い被害はなかったが、土砂災害による道路の通行止めで、まず会社から帰れない。一番ひどかったのが7/9の月曜日で、ある人は夕方6時に会社を出て深夜1時に家についたそうである。普段は30分くらいで帰れるルートらしいのだが、その道しかなければ全方向から車が集中する。
私は途中で帰るのをあきらめて、会社の駐車場に車を置いて寝た。暑かったのでエアコンをかけっぱなしたが、ガソリンがだんだん減っていく。
交通の分断で食料品も少なく、ガソリンも給油できなくなっていた。断水した地域は風呂にも入れず辛かったと思う。
電車の人も線路が土砂に埋まって、ホテルに泊まったり、しばらく来れなかったり、車通勤の私も片道4時間以上とか、大雨がやんでもしばらく大変だった。
今は時差出勤で対応して、何とかしのいでいる。朝は比較的交通量の少ない時間に家を出て、1時間早く仕事を始め、夕方は1時間早く帰って、通勤ラッシュに合わないようにするのだが、それでも帰りは4時間かかった。
しかし2日くらい前にようやく別の国道が、う回路によって開通したので、2時間くらいで帰れるようになったが、夕方でも暑い日差しの中を渋滞しながら運転するのはきつい。
しかし、土砂で家が流されたり家族を失ったりした人たちに比べればまだマシだと思わなくてはならない。被災地には近づくこともできないが、見慣れた風景が大変なことになっているのは心苦しい。
ホントに7/6の金曜日はどうなるかと思った。帰る車が全然進まなくて、この先どうなっているのかの情報が全く入ってこない。
深夜に矢野東という被災地付近に到着して、ようやく警察から道路が通行止めになっていることを知らされた。現地に行かないと交通情報は教えてくれないのかよと思った。
仕方なく車を道端に停めて、一晩明かしたが、翌日になっても家に帰れるのか帰れないのか、不安で意気消沈しているときに、パトカーが、「この先の通行止めです。復旧の見込みが立っていません。」と余計にがっかりさせるようなことをスピーカーで言いながら走る。
しかたなく車から出て、コンビニまで歩いて行ったら、コンビニから出たところで、道が復旧した。「なんなんだよ」と思った。もっと正確な情報をアナウンスしてほしかった。今どういう状況なのか、いつ復旧する見込みなのか、もっと踏み込んでどうすればいいのか、困っている人々の立場に立った情報が欲しいかった。ショベルカーで土砂を取り除いているんだったら、「今、復旧の作業中ですが、あと数時間かかります。もう少し待ってください。」とか、正直に教えてほしかった。警察がそんなこと言うわけがないんだったら、行政がアナウンスしてほしい。災害時にデマが流れるのも、情報が少ないからではないのかと思う。不安な人たちを勇気づけれるような情報を流してほしい。

しかし、西日本各地では同時多発的に豪雨災害が起こって、まるで同時多発テロのようである。折しも元オウムの麻原他の死刑囚の死刑が執行されたそうであるが、怨霊が祟ったのかな、とも思いたくなる。
先日旅行した岡山の倉敷も大変な水害に見舞われて、のどかな田園景色が一変しているのは心苦しい。
豊臣秀吉が備中高松城を水攻めにしたことで知られるように、この辺の土地は低いところにあって、水害を受けやすいんでしょうね。
話が古代に脱線するけど、吉備に都が築けなかった理由がわかったような気がする。あちこちに池が点在している場所は、過去にも何度も水害に見舞われたんだと思う。
水に恵まれた場所は、同時に水害を受けやすい場所であるということでしょう。

ついでに脱線して、秀吉の中国大返しの件ですが、高松城水攻めの時に、信長が光秀に殺されて、秀吉が驚異的な速さで大阪に戻った理由として、秀吉軍が船を使ったという説はないんでしょうか。そういう史実はどこを探してもないんでしょうけど、秀吉ならそれくらい考えたと思う。確かにすぐに船を確保するのも無理かもしれないが、先遣隊くらいは送れたかもしれない。
船で戻ったとなると、あまりに用意周到過ぎて、逆に怪しまれる恐れがあったので、船を使ったということは事は内緒にしたのかもしれない。
しかし本能寺の変は秀吉が黒幕だったとすれば、事前に引き返す方法を計画していてもおかしくない。今後、何か資料が出てくればいいけど、あくまで私の妄想。

災害の状況はすぐには変わらないかもしれないけど、私にできることは自分の仕事を一生懸命やるだけです。でも休むときは休もう。
 
 

西日本で豪雨災害

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 7月 8日(日)18時15分43秒
  7/6の金曜日は朝から大雨で、嫌な予感はしたのですが、まさかこのような災害になるとは思いませんでした。
テレビで何度も放映された、矢野東という場所の川になっている道路は、私が毎日通勤で使っている道路で、当日の朝も平然とあの道路を使って会社に行きました。
いつも見慣れた風景が削り取られ、ひどいことになってるなんて、夢にも思いませんでした。ただ、3年前の広島の土砂災害の時に、山の斜面を削って作られた団地が、集中豪雨で流された後に、この団地を見て、ここも山の斜面に作られて危ないなとは思っていました。よく考えればここは川のすぐ隣の道路だったんですね。
そして、さらに上がった場所には、冬場によく凍結する峠を越える道路があって、大雨が降ると切通しのような崖から水が流れ出て、ここはいつか崩れるとは思っていましが、それが今年になるとは思いませんでした。
今日初めて見ましたが、道路わきの電柱がなぎ倒されて、赤い車が倒れた電柱に挟まれて壊れていました。電柱が通せんぼするような形になっていて、ここは当分通れないでしょう。このような災害の爪痕があちこちにあって、改めて怖い大雨だったんだなと感じました。

私は仕事の都合で、8時過ぎまで会社にいました。大雨警報は出ていましたが、会社の上司は帰れとは言いませんでした。それどころかさっさといなくなっていました。
古い工場の中もあちこち雨漏りがして、水を拭いたり、扉の前に土嚢を積んだりとか、くたくたになって動いて、それから急いで帰ろうと車で出たのですが、あちこちで道路の低い場所が冠水していて、車が動けなくなっていたりして、大渋滞が発生していました。
それでも根気よくノロノロ運転で矢野東までたどり着いたときは、夜の0時を回っていました。バイパスを越せば私の住む町にすぐ帰れるはずだったのですが、警察官が来て、私の町につながる全ての道が通行止めとなっていますと言ったので、仕方なく路上の左端に車を停めて、車中泊をしました。大粒の雨がバタバタと車の屋根を叩きますが、椅子を倒して寝るしかありません。幸い毛布を車の中に入れていたので、毛布をかぶって耳栓をして寝ました。救急車両が何台通り過ぎて行ったでしょうか。ひたすら我慢するしかありませんでした。
翌朝になっても何も変わりませんが、今更会社に戻ることもできず、ひたすら通行止めが解除されるのを待つしかありませんでした。
雨が止んだので外に出て、物陰で立ションをして、車に戻ってひたすら寝ました。昨日の晩から何も食っていませんが、メタボはこんな時のためなんですね。最後に食ったのが前日の昼なので、20時間以上飲まず食わずでしたが、何とかなりました。しかし、さすがにのどが渇いてきて、自販機を探して歩いていたらローソンがあったので、食料品は何もないのは覚悟していましたが、行ってみるとビスケットとか、お茶とかがあったので、適当に買いました。コンビニのトイレの前には10人以上ひとが並んでいて、女性は大変だなと思いました。
外に出たら通行止めが解除になって、慌てて車に戻って、途中危険個所を迂回しながらのルートでしたが、何とか帰れました。道路は泥だらけで、浸水したらしいコンビニとか住宅とかもあって、大変な光景でした。西日本の広い地域で、時間を追うごとに死者の数も増えて、それこそ数十年に一度か、一生に一度経験するような災害だとわかりました。それでも無事に帰れたのはよかったです。家族も無事でしたが、私が帰ってこないことを心配していたそうです。ケータイで逐次やり取りしていたので、そこまで心配欠けていないと思います。

良い勉強になったと思います。いい経験をしたと思います。車の中には非常用のトイレ、毛布、水は必需品だと思いました。
悔しいのは、道路情報が入らないことです。一般道のどこが通行止めなのか、ラジオを聞いてもワンセグを見ても出ません。ケータイで検索をしても出ません。
最新の道路情報はおそらく警察が知っているはずなのに、アナウンスをする事はありません。
災害時には警察と報道がタイアップして、通行止めとかの道路情報とか危険個所とか、いち早く知らせてほしい。具体的な情報が知りたい。
わからないけどとりあえず行ってみよう、渋滞してるけど、ここまで来たんだから我慢して先に行こう。そう思って亡者のごとくさまよいながら、気がつけば後にも先にも行けず、動けなくなっている。それだったら、始めから帰るのをあきらめて、会社に残って一晩明かした方がよかった。
西日本はまだ梅雨が明けませんが、次に同じようなことがあったら、会社で寝泊まりしようと思いました。
 

旅の写真

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 6月 3日(日)10時44分38秒
  下記URLにアップします。

https://s.mypocket.ntt.com/FjEXW3

 

吉備路の旅

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 6月 3日(日)08時45分59秒
編集済
  先週の話ですが、子供の運動会の代休に合わせて有休を取って、たまには気晴らしをしたいので、日曜、月曜と家族で岡山の3大温泉の一つの湯原温泉に行きました。
土日はいっぱいの人気ホテルも、日月なら予約が取れました。
途中、高梁市に立ち寄って、古い町並みを散策した後に、再び車に乗って、3時ごろ宿に到着しました。何もないひなびた温泉でしたが、のんびり過ごすことができました。
温泉は熱くて気持ちよかったです。砂湯には入りませんでしたが、露天も良かったです。梅雨入り前の爽やかな風が心地よかったです。

翌日は岡山の吉備津神社にお参りして、その後、私の趣味で造山古墳に行きました。長さ300m越えの日本で4番目に大きな古墳ということですが、天皇陵ではないということで、人が立ち入ることができる最大の古墳ということです。しかしそれなりの権力を持った人の古墳であることは間違いないでしょう。古さ的には上位3位の古墳よりも古いということなので、作られたときは間違いなく、国内最大の古墳でした。吉備王の墓と言っても良いかもしれません。
ちょっとした小山のようですが、あの当時によくこんな大きなものが作れたよなという感想です。奈良より前は吉備が栄えたということでしょうか。
その後に、やはり私の趣味で楯築古墳群と言う所に行きました。団地の中にあって、場所がよくわからなかったのですが、ちょっとした公園のようで、雰囲気の良い場所でした。小高い丘の上にある古墳という感じでした。本当は特殊な形状をしているそうなのですが、一部は団地になって壊されてるみたいです。

ここに来たいと思ったのは、何年か前に出雲の弥生の森博物館で四隅突出型古墳群を見に行った時に、学芸係の先生が紹介されていたのが、この楯築古墳で、四隅突出型古墳は方墳の四隅がヒトデのように突出しているのに対して、楯築古墳は円墳の両側が2方向に突出しているのが特徴で、前方後円墳に至る前の原型ではないかとのことをおっしゃっていたからです。作られた時代も、前方後円墳よりももっと古く、四隅突出型の古墳とほぼ同じ時期の古さだそうです。当時としては最大級の古墳だそうです。
先ほどの造山古墳はただの小山という感じで、あまり管理されていない感じがしましたが、こちらの方はきれいに管理されているような気がしました。
古墳の中心地にストーンサークルのようなものがあると、予備知識で知っていたので、向かおうとすると、何やらフルートのような音が聞こえました。
近くに学校でもあるのかな、中高生が練習しているのかなとも思ったのですが、そのストーンサークルの中で、誰やら人がいるようでした。儀式でもやっているのでしょうか。
ちょうど演奏が終わったところのようで、一人はじゅうたんの上に座って、琴のようなものを持っていました。どこにでもいる風の女性の方で、近くの団地に住んでいる主婦かなという感じがしました。笛を吹いていたのはもう一人の女性で、ちょっと変わった古代風な衣装を着ていて、足首に楽器の鈴を付けていて、歩くたびに「シャリン、シャリン」と鈴の音がしていました。もう一人は髪が長かったのですが、男の人で、手に線香を持っていました。3人だけで、他には誰もいませんでした。年代的には私と同じくらいでしょうか。
平日(月曜日)の昼間に、人に聞かせるわけでもなく、自分たちが楽しむためだけに、古墳の上で演奏していたというのでしょうか。変な宗教の人たちでしょうか。
「なんかヤバイくない?」「コスプレの人たち?」と心の中で呟きながら、引き返すわけにもいかず、私たちはストーンサークルに向かっていき、しかたなく彼らに「こんにちわ」とあいさつしたら、「こんにちわ」と返ってきた。
「どうして、ここに来ようと思ったのですか」 笛を吹いていた古代風の女性(仮にヒミコさんとしておこう)が言った。
「別に何もないですよ」 私はつっけんどんに答えた。何かむっとされた様子でしたが、公園の中を勝手に占拠してここで何やってんだという気持ちだったので、余計なお世話だった。彼らのことはよくわからなかっらのですが、なかなかその場から出て行かず、地面を指さして、「この辺が暖かい」とかなんとか言っていたので、「何かあるんですか」と聞くと、「暖かくないですか」と言われたのでそこに立ってみると、暖かくないわけではなかったが、それはストーンサークルの石が、屏風のように林立しているので、反射して暖かいだけでしょうと答えた。ヒミコさんは屏風のような岩に手をかざして、「そうですね」と笑って言った。

琴を弾いていた女性は、まだ座ったままで後片付けをしていましたが、唯一まともそうに見えたので、私はその人に、「実はここに来ようと思ったのはね、出雲の弥生の森博物館にある、四隅突出型古墳というのがあって、数年前にそれを見に行ったのがきっかけで、同じ時代に作られたと言われる、この楯築古墳のことも紹介されていたので、いつか来たいなと思っていたんですよ」と話しかけた。
どんな反応が返ってくるかなと思ったら、ヒミコさんが「この古墳はかなり古いんですよ」というので、「卑弥呼の時代ですか」と聞くと、もっと古いと言った。
「吉備は独特の特殊器台や特殊壺という埴輪を作っていたんですよ」とヒミコさんが言う。あいかわらずシャリンシャリンと鈴が鳴るが、別におかしな人ではなさそうだ。
「知っていますよ。四隅突出型古墳からも出てきたんでしょう。あんな大きなものを、わざわざ運んで行ったんですかね。出雲はここから遠いですよね」
「聞くところによると、JR伯備線のルートが、古代の出雲と吉備をつなぐ道だったんでしょう」 と私も聞きかじりの知識をさらした。
「実は私たち、その特殊器台を作って、弥生の森博物館に奉納したんですよ。さすがにバスで行きましたけどね。」とヒミコさんが言った。
「大和の古墳からも吉備の円筒埴輪が出てきたんでしょう」と言うと、「当時の祭礼には特殊器台が必要だったのでしょうね。吉備は祭礼を司る人たちがいたということですかね」と私も言った。いつの間にか、私たちは意気投合していた。家族はあきれて、さっさと車に戻った。
ヒミコさんも美人という感じではなかったが、少し日に焼けた、味のあるチャーミングなお顔をされていて、当時の卑弥呼もこんな感じだったのかなと想像してしまった。
「実はね、大和の箸墓古墳ってご存知ですか」 とヒミコさん。「ええ、卑弥呼の墓ともいわれている古墳でしょ」と私。
「その箸墓古墳から吉備の土が出てきたらしいんですよ。近々宮内庁から発表になるかもしれませんけどね」
特殊器台の破片が出たのは聞いていますが、何がどうなのかはわかりませんが、吉備とのつながりはあったのでしょう。
「あの倉庫が見えますか。あの中に弧帯石という石が入っているんですよ。横の窓から中が見えますよ」 私もそれは知らなかった。
行ってみると確かに中に石があって、丸のような文様が刻み込まれていた。何か縄文の土偶の文様にも似ている。
「四隅突出型古墳にも弧帯石があったんでしょう。儀式で使っていたんですかね。儀式が終わるとバラバラに砕かれたんでしょう。なぜなんでしょう。」 ヒミコさんに探りを入れてみた。
「さぁ、でも今でも変わっていませんよ」とヒミコさん。 「祈りの本質は受け継がれているということですか」 と私。
「私たちは、これから近くの遺跡に行きます。そこは中が見れますよ。」 「そうですか、私はもういかなくっちゃ」
髪の長い男の人の持つ線香の煙がいい匂いを漂わせている。ヒミコさんのゆっくりとした足取りに合わせて、シャリンシャリンと鈴の音が静かな公園に響く。何とも不思議なご一行だった。私も変人の類だけど、彼らには勝てない。これも何かの縁なのかな。パワースポットで神様が彼らを引き合わせてくれて、おもてなしをしてくれたのでしょうか。彼らの目的はわかりません。インスタに投稿するわけでもなく、人に聞かせるわけでもない。単純に吉備を愛する、楯築古墳を愛するボランティアなのでしょうか。
ただ、どんな演奏をしたのか聞きたかったです。私もフリーな身分だったら、仲間に入れてもらって、マンドリンで演奏に参加しようかな。

楯築古墳を後にして、倉敷の三井アウトレットモールに立ち寄って帰りました。
パワースポットめぐりで疲れましたが、温泉にも入れたし、腹いっぱい飲み食いできたし、ヒミコさんにも出会えたし、よい休日でした。
出雲から吉備へと繋がるルートが、さらに大和へと東進していった。都を構えるに相応しい比較的温暖で、水運に恵まれて、平野のある、まほろばを求めて、というのが、私の考えです。そこで最初の全国的な国づくりがおこなわれたのでしょう。その後、九州から瀬戸内を経由して東征してきたグループも加わって、大和時代に入ったのだと思います。
まだまだ、古代に対するロマンは尽きません
 

孤狼の血

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 5月25日(金)23時12分14秒
  呉を舞台にしたヤクザ映画、仁義なき戦いの続編というキャッチフレーズに釣られて、会社の同僚で幼馴染のS君と一緒に、まさに呉で映画を見ました。
映画館で映画を見るのは久しぶりでしたが、迫力ありましたね。心臓がバクバク鳴りっぱなしで、健康に良くない映画でした。
画面が汚くて、暴力シーンも多くて、子供向けではありませんが、面白かったです。原作者は女性なのでしょうか。こんな作品が書けるなんて、すごいと思います。
役所広司の迫真の演技や存在感、松坂桃李のかっこよさが印象に残りました。
暴力団抗争を止めるために、任務のためには手段を選ばない大上(役所)に、反感を抱きながらも、次第にひかれて、いつの間にか後継者となってゆく相棒の日岡(松坂)の心模様。実際にはありえない話でも、いつの間にかのめりこんでしまいました。ぜひとも続編をやってほしいです。

映画を見た後、S氏と駅近くのホテルのビアガーデンで、飲み食いしました。
あんな血なまぐさい映画を見た後で、焼肉用に皿いっぱい盛られた生肉を見るのも、なにかキツイものがありましたが、それはそれで美味しくいただきました。
生ビールも旨かったです。とにかく今日は、久々の呉でノスタルジックに浸った午後でした。
 

5月も半ば

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 5月16日(水)05時36分50秒
  気がつけば5月も半ば。連休が終わって、いつもの忙しい毎日に戻っています。
土曜日は仕事でしたが、夕方から新入社員の歓迎会に行きました。
広島駅の近くで飲みましたが、ちょうどカープの試合が終わって、赤いユニフォームを着た群衆が、どっと飲み屋街になだれ込んできて、ちょっと怖い気もしましたが、今年のカープも強いみたいで、広島の景気の牽引となればいいと思います。

日曜日は雨でしたが、別にどこに行く予定もなかったので、家でのんびりしました。なんか疲れが取れないこの頃です。
日曜日の夕方は、ひと風呂浴びて飯食いながら、笑点、バンキシャ、鉄腕ダッシュ、そして私は大河を見るのがお決まりで、また明日から仕事頑張ろうという気になるのですが、鉄腕ダッシュが例の事件で最近見れなくなって、つまらないのですが、ぜひとも乗り越えてほしいですね。
始まりがあれば終わりもあるのでしょうけど、50、60になってもアイドルとしてがんばってほしいです。
あの番組は子供からお年寄りまで、一緒に楽しめる、国民的な番組として結構長く続いていますが、私が感じるに、全体を通して流れるテーマは、「デフレの世の中を明るき生きる」というのがモチーフかなと思います。
何もないところに何かを作って、お金がなくても一緒に楽しく頑張るという、我々が忘れていた縄文人的な血をにぎ立たされるようなロマンを感じさせて、バブル崩壊後の閉塞感のある社会の中で多くの人たちの共感を得て、今日まで続いてきたのが人気の秘密だと思います。
それに対してFテレビは、80年代の漫才ブームをきっかけに、「面白くなければテレビじゃない」をテーマに、バブルに乗っかって権勢を誇ってきたのでしょう。「一億総白痴化」などと言われたこともありました。しかし国民はそこまで馬鹿ではなかった。
軌道修正が遅れたのが凋落の原因だと思います。面白ければ何をやってもいいいいというわけでもありませんし、笑いの質も問われるご時世にかわってきていかわってきているのかもしれません。私もお笑い番組は好きですが、下品でなく、嫌みのないお笑いが好きです。
旅番組とかも好きですし、見て感動を与えられる番組、勉強になる番組が私は好きです。
 

一人株主総会

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 5月 5日(土)11時31分59秒
  5月連休も、なんだかんだと今日を入れてあと2日です。
あれしたいこれしたいと言う思いはいろいろあっても、目先のことに囚われて結局何もできずに終わってします。
まるで私の人生の縮図のようです。

それでもこの連休中に家計簿集計表を更新しました。遊びみたいなものですが。
結婚してまだ2、3年程度の会社の若い連中に、「お前ら、家の家計簿はちゃんとつけとるんか」と聞くと、つけていないと言います。
PC持っとるんならエクセルで作れるだろう、と言うとエクセルは入れていないと言います。廉価版のモドキみたいなやつもあるぞと言っても、そんなものつけてどうするんですか、と逆に聞かれてしまいます。「そりゃ、物価の推移を見たり、支出の管理とかできるだろう」と言っても関心を示しません。別に本人たちがそれでいいのなら何も言いません。
私の場合も趣味みたいなものです。しかし、自分が年を取るとともに、ライフスタイルの変化とか家族の成長とかいろんな要因によって、支出を記録することは無意味ではないと思います。
給料明細も最近はメールの添付で送ってくるようになったのですが、見てもがっかりするだけなので、ロクに開かずにストックしていたのですが、この連休中にすべて集計しました。
それと家計簿を合わせて、自分の家の収支をきちんと把握しておけば、一人前の社会人として恥ずかしくないと思います。

ということで、昨年4月から今年3月までの2017年度の結果ですが、まず支出が増えたのが食費、2016年度に比べて月平均14,000増えました。やはり食料品の物価高騰が大きな要因と思われます。天候不良も影響したと思います。
次に増えたのがガソリン代。月平均7,000弱くらい前年度に比べて増えました。
逆に下がったのはアルコール代、日用品で、1,000~3,000程度減らしました。これは節約努力に他なりません。その他の項目はほぼ横ばいですが、若干上昇傾向にあります。
全体の支出としては、毎月平均23,000ほど増えています。エンゲル係数も前年度に比べて2.6%増えています。消費税が5%の頃と比べて、10%以上も増えました。
特に贅沢は何もしていません。趣味らしい趣味もありません。ごく平均的なサラリーマン家庭だと思っています。旅行も年数回程度しますが、あまり高いホテルとかは泊まりません。安近短という感じで、2泊以上することはありません。

収入に関してはベースアップは数千円程度で毎年推移していますが、それに伴って所得税や保険料とかも上がっているので、手取りはあまり変わっていません。
昨年、職場を変わって残業が増えた分、昨年度は若干増えていますが、それ以上に支出が増えているので、焼け石にスズメの涙です。
手元に残るお金は、2014年度の方が今よりはるかに多かったというデータになっています。

収入が上がらないのに物価だけが上がると、ますます支出を控え、デフレ志向が強まります。
政府はデフレの脱却を目指していますが、少子が進む世の中では購買力も上がりませんし、財政投融資よりもまず少子化対策。少なくとも未婚率を減らすこと。方法はみんなで考えましょう。

とにかく一般サラリーマンの私に関しては、何も変わっていない。それがアベノミクスの実態です。
これからどうやって支出を減らしていこう。新緑の春なのに、心の中では荒廃した枯野の中で一人たたずんで思い悩んでいます
 

晴耕雨読

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 5月 4日(金)18時19分45秒
  さて、昨晩は外で台風のような強い風が吹いて不気味でしたが、今日は朝から台風一過のような爽やかな天気となりました。一時的に冬型の気圧配置になっているのか、今日は肌寒いです。散らかった落ち葉をせっせと掃いて、レレレのレという感じでした。

雨の日は雨の日なりに晴耕雨読で、昨日は新刊の本を2冊買って、一気読みしました。
今日もPCの前に座って、毎月の給料明細の集計とかやっています。なんだかんだと一日が終わりそうです。給料明細なんかどうせ変わらないのだし、ロクに見やしないのですが、やはりデータとして項目ごとの推移を記録することは必要だと思います。
定期昇給は微増しても毎月引かれる保険料も上がっているので、結局手取りは上がっていません。働けど働けど、わが暮らし楽にならずです。
明日は家計簿の推移グラフを更新したいと思っています。数年前と比べて、どのように支出が推移しているのか確認してみたいです。
なんか休みといっても普段の会社の仕事を家でやっている感じで、休んだ感じがしませんが、それでもこういう家のことは連休中じゃないとゆっくりできません。
家も会社の経営と同じで、自分の家の経済状態がどうなんだろうとか、嫌でも現実を直視しなければなりません。それも家長の責任です。

連休前半に近所の人とまた、庭でバーベキューをしました。
以前ほど肉も食べれなくなりましたが、外で食事するもの気分がいいものです。昼間からアルコールを飲んで、サイコーでした。
 

連休満喫中

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 5月 2日(水)17時12分11秒
編集済
  5月連休に入りましたが、緊張の糸が解れているのか、気が抜けたみたいに何をするにも力が入りません。
何もしなくても誰から文句言われないのが休日ですから、ゆっくり休んで英気を養いたいです。
先日の出張で、埼玉のホテルで寝ていたら、朝の5時前には日が差していて、夜明けの早さにびっくりしましたが、こちらは40分~50分ほど朝寝坊できます。
埼玉の工場にも3年間いました。その当時は私も新婚で、大宮に住んでいました。一番幸せで、思い出深い時期でした。あの頃は何もかもが楽しくて、仕事も順調で、そのまま埼玉にいればよかったと後悔しています。

録り溜めたビデオの中に「怪談」という小泉八雲の有名な作品のオムニバスの古い映画があって、先日見たら往年の名優たちの若いころの演技が見れて楽しかったです。怪談といえば雪女とか、耳なし芳一とかが有名ですが、私は「黒髪」という作品が一番面白くて怖かったです。
ストーリーとしては、没落した家を捨てて、奥さんも捨てて、名家に養子になった主人公が、新しい家で気の強い奥さんと堅ぐるしい生活をすることに耐えかねて、何年ぶりに昔の家に逃げ帰るのですが、帰った家は荒れ果てて、廃墟同然になっていて、茫然と家の中に入ると、昔の奥さんがまだいて、昔のまま織物をしていて、涙ながらに自分のわがままを詫びて、元の奥さんと久しぶりの楽しい一夜を過ごすのですが、朝、日が差して目が覚めると、実は家は廃墟のままで自分は幻を見ていたにすぎないというオチで、妻はすでに亡くなっていて、黒髪だけが自分にまとわりついていたという怖い話をなぜか思い出しました。
埼玉の工場のメンバーもみんな元気でしたが、みんな昔のまま変わらないのがよかったです。

連休に入って概ね天気も良く、今朝は久しぶりに近くの峠の坂道を登って、呉湾を見ましたが霞んでいました。でも暑くも寒くもなく、1年で1番いい気候を迎えているのではないでしょうか。

庭の手入れも終わったので、録り溜めしたビデオを見たり、買ったままの本とか読んで、ボチボチやっていると1週間はあっという間に過ぎてしまうのでしょうね。
昨年植えたバラも大きく育って、赤い花をつけています。成長が楽しみです。
 

おはようございます。

 投稿者:孝ちゃん  投稿日:2018年 4月26日(木)06時50分47秒
  今朝も朝から良い天気です。
ホテルの窓からは関東平野が見渡せます。
今日も暑くなることは間違いないでしょう。

昨晩はあれから温泉施設に行って汗を流し、旅の疲れを取りました。
泉質もヌルヌルと肌に滑らかで気持ちよかったです。
夜は風も出てきて(上州名物のからっ風?)、新緑の匂いが何とも気分良かったです。

昨晩はキノコほうとうを食べました。
レストランはあちこちにあるのですが、全国どこにでもあるチェーン店よりも、せっかくだから
その土地にしかない物が食べたい。ということで、おそらく地元産の野菜をふんだんに使ったほうとうを食いました。
いや良かった。たまには独身に戻って、息抜きするのも悪くない。

しかし、今日は帰らなくてはなりません。でも明日仕事に出れば、週末から待ちに待った連休です。
またこちらに戻ってこようかな??。
でも単身は確かに寂しいし・・・。
心は揺らぐけど、出張もたまにするからいいんでしょうね。
家に帰れば家が一番だと思うのは分かっている。

朝食バイキングをこれから食って、今日も一日頑張ろう!。
 

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